僕は生きているし、僕に生かされているのかもしれない

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自分が自分とわかっている意識が顕在意識で5%、それ以外は潜在意識で95%と言われています。

僕は脳科学やその手の分野には詳しくないけど、自律神経は潜在意識側にいて、潜在意識のナニカがその制御をしてくれているんだろうなと思ってる。だって、僕らは意識して(顕在意識で)その動作を止めることができないから。

僕はたしかに僕。

心、精神、この肉体含めて自分と知ってはいるけど、そのほとんどは全自動で動いてくれている。

ここ、なんだか不思議。

 

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例えば、消化器官は口にしたものを消化・吸収してくれる。全自動で。冷たいものなど消化によろしくないものをばくばく食べた時は無理してでも。

心、精神、肉体、全てが僕なのに、僕は僕という器(あるいは存在)に生かしてもらっている。

という視点になると、自分(の心、精神、肉体)をもっといたわってあげようとか、自分にありがとうという気持ちがわいてくる。

 

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「僕は僕という器に生かしてもらっている」と書いたけど、具体的にそれは誰になんだろうね?どんな存在なんだろうか?と思う。

心のことを学んでいると、よく聞く言葉がハイヤーセルフ、真我とか神。(僕、いたって真面目です笑)

 

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たぶん、こんなイメージなんだろうなということを文章にしてみる。

例えばRPGでキャラを作る。僕の分身。でも、そのキャラは別人です。つまり「僕(キャラを作った人)≒キャラ」。

でね、僕らの人生もどうやらそうらしい。

僕が僕を作って、僕自身がロールプレイをしている。違う点は「僕=キャラ」で、自分で自分を操作しているということ。でも、操作している自覚はない、らしい。(という理解で合っているのかな)

 

この話を参考にすると、僕は僕に生かしてもらっているってことなんだろうなと思う。

寿命という肉体的タイムリミットを設定し、時間と空間の制限を受けたこの世界で生かしてもらっている。ロールプレイしている。

 

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ただ、まだ僕が意味を知らない「真我」という言葉もあるので、僕が語っていることが真実かは現段階では不明です。

それでも言えることは、やっぱ自分を大切にしたり、いたわったりしていいんだよってことかな。

身体と心に無理しない。

自分に遠慮しない。

好きなこと、やりたいことを極力やっていく。できることから少しずつね。

臆せず進んでいこう。