言葉を聴く、心を聴く、理解しようと接することはとても尊い

僕らは自身のことを理解できてはいない。

「やりたいことがわからない」というレベルから、やりたいことはわかるけど「自分の魂の願い(生を受けた理由)」はわからない、というように段階はあるけれど100%理解はできていない。

ということは、「他者のことを理解できている」なんて状態はありえないんじゃないかな。自分のことすらもわかってないのに。

 

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人は、自分も含めて人を理解できていない。(今回は顕在意識/潜在意識は考慮しません)

だからこそ、

 

目の前の人のことを「気にかける」という行為はとても尊いことのように思う。

 

その人を分かろうと・知ろうと言葉を聴く

その人を感じようと表情や仕草から心を聴く

 

人を理解しようとすることそれ自体、とても尊いことなんだなぁと僕は思ったよ。

 

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