そして自信喪失
自信とは自分を信じること。
そして、
ありのままの自分でOKであると、勇気をもって認めることです。
さて、数年かけて僕の心に得体のしれない違和感が蓄積していきました。
するとね、「やりたいことができていない現実」と「朧げながらもこうなりたいという理想」との乖離がひどいことになります。
でも、日銭を稼がにゃと働く。乖離はどんどんひどくなる。悪循環。こうして心が病んでいくわけ。
そうなると、やりたいことをやろうとしてもそのためのエネルギーが出てきません。変えようとしても変えられない。そもそも、その方法が分からない。
できないもんだから、よりカンタンに一時的な快楽を求めてしまう。例えば衝動買いがそう。他には「7つの習慣」でいう第4領域もそう。
もちろん、それはそれで一定の効果はあります。全部が無駄とはいいません。ただ、心から自分がやりたいこと/なりたいことには向かっていませんよね。結局は自分が求めるゴールには近づいていないのです。
そうなるとできないことにフォーカスしてしまい自分を責める責める。アホかってくらいに。
結果、自信の持てない後ろ向きな僕が形成されてしまうわけです。本当はできていた事もたくさんあるはずなのに、そこには気付けないのです。
自分の性格が仇となる
今思うと、「そんな僕の状態」を吐露できるような(吐露することが許されるような)存在が居なかった・・・いや違うな、僕自身に変なプライドがあったせいで、「弱さ」を出すことができなかったんです。上司にも同僚にも後輩にも。
バカだったんですよね。
ダメならダメっていった方が楽だし、良い方向に向かうのにさ。力がないと自分を責め続けたり、ときには周りの環境や人のせいにしたり。ため込みすぎてドッカーンって感じでした。
本当はそういうことを言ってもいいんだし、そういうことをいう自分を許していいのにね。
でも、2014年に友達の紹介で知った「アドラー心理学」の目的論からすると、そうなることを選んだのは自分、周りの環境は悪くないのです。問題は自分の側にあるんですよ。
だからこそ、自分を変えようと思えばいくらでも変えられるんです。
【次のページ】過去の僕に今の僕が伝えたいこと 〜 おわりに