恩師のひとり、大塚彩子さんの記事を読んで「はっ」となったのです。
▶︎参考:5年前の今日、私は燃え尽きから立ち上がりつつあった | 自分にOKを出して前に進む!
でも、なにか湧き出てきそうなんだけど出てこない。うまく言葉にできないけど、なんとか整理してみたのが今回の記事。
正直うまくまとめられたかは分かりません。でも、とにかくやってみました。やることが大事。
2015年も終わる今、僕が抱えている「モヤモヤ」をクリアにするため、頭の中を整理したかった。なぜなら、この手の「モヤモヤ」を感じたときは、そのあとに必ず成長できたから。
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気になったフレーズ、それは「自分に正直でいる」
僕が気になったのは文中のここ▼
それには「自分に正直でいる」という
いちばん怖い覚悟が必要なんですけどね。
「覚悟」という言葉になにかを感じて「自分に正直でいる」ってどんな状態なんだろう?と考え出したのが始まり。
そして、僕の解釈は「自分を好きになる」であり、「自分を許す」こと。
「自分に正直でいる」の解釈
「自分を好きになる」ということ
どんなことをやっていても、今それをしている自分を好きになる。言いかえれば、「自分を許す」ことだと僕は思います。
例えば、「今度の日曜、久しぶりにゆっくり休めるから、書評ブログを書こう」と予定を立てたとします。でも、当日は「今日は何もする気が起きないな〜、あっ、ゲームやろっかな」となり、1日中だらけてしまった。
その日の夜、明日からまた仕事が始まるという夜、そんなとき皆さんはどう感じるでしょうか?
以前の僕だったら、
「あ〜、結局やらんかった・・・」
と罪悪感に100%とらわれていたでしょうね。もちろん、今も「アチャ〜」とは思うけど、以前ほど「ずーーーん」と凹むことはありません。(そもそも、何に対する罪悪感なんだ?って話もありますよね)
「自分を許す」ということ
ここで
「あ〜、結局やらんかった・・・」
を「それすらもそれでもいい」とするのが、「自分を許す」ということ。
というか、本来は善悪でジャッジしないのが理想です。やったから善、やらなっかたから悪ではないのです。「書評を書かなかった」ということに対してジャッジせず、事実は事実として受け入れる。
それにね、人は(今持っている)自分の固定観念に従って、好きなことを選択して生きているものです。
潜在意識では「休日にゲームで遊ぶ」が好きなことだったってだけ。もっといえば、実は「書評なんか書きたくない」のかもしれないよね。
だから、それはそれでひとつの気づきとして受け入れればいい。否定も肯定もしない。そうすることが「では、自分が本当にしたいことはなんだろうか?」と考えるキッカケになります。
やったことにフォーカスしよう
前述の例でいうと「書評は書かなかったけど、ゲームはやった」わけじゃん?
つまり、「やったこと」はあるんだよね。ゲームを楽しんだ、という事実はあるわけです。気分転換になったわけです。(ゲームは非生産的なことですが、僕自身、ゲームで気分転換している人なのでゲーム肯定派です)
だから、「〜〜やらなかった」ではなく、「(それでも)〜〜やった」という方にフォーカスした方が気持ちいいですよ。
という心構えでいると「ずーーーん」と凹むことがなくなります。
凹むことがなくなったキッカケ
覚悟を決めたから
昔の僕なら「ずーーーん」でしたが、そうなりにくくなったのは覚悟したからだと思います。
- 会社を辞める覚悟
- 移住する覚悟
- 初めて他県に引っ越す覚悟
- 会社を離れ、ひとりでやっていく覚悟
- 自分の名で稼ぐ覚悟
- 収入が不安定になる覚悟
などなど。
いちばん怖い覚悟とは
ここで再び登場する引用文。
それには「自分に正直でいる」という
いちばん怖い覚悟が必要なんですけどね。
この「いちばん怖い覚悟」の部分。
これね、上の「・」にあげたような覚悟をすることです。そして、自分を許す覚悟ですね。
今までは「予定を立てたことはこなさいなとダメ」と信じてきたけど、その長年の習慣を真逆にして、許す「ようにする」のです。
今まで経験したことのない領域に踏み出すわけですから怖いよ。めっちゃ怖いよ。僕が長年、移住したいと思っていてもできなかったのは、未知の領域に踏み出さなくてはならない恐怖があったからです。
最終的にはいろんなことがあって「エイッ」と踏み出しましたが、この決断をするまでに2年かかりました。
「いちばん怖い覚悟」、僕はこの文脈を見て、こんなことを感じたわけです。
おわりに
ここまで書いてきて思うのは、
「いちばん怖い覚悟」をすることは、僕だけでなくあらゆる人が「(その人にとっての)自由に生きる」ために通らなくてはならないものだ。
ということ。それが湧き出てきた言葉の正体なのかもしれません。
でも、まだ消化できていないこともあります。
- 「自分を許す」ことと「自分を甘やかす」ことの境はどこか?
- 「自信をつけるには、自分との約束を守ることが大切(予定したことをコツコツこなす)」なのに、それと矛盾してないか?
これらについて、ハッキリと答えが出せないんですよね〜。分からぬ。でも、たぶん「んなもん、気にすんな!」で一蹴できる気がする。
僕は「自分の好き」で生きるために、信州に移住しました。順調に生活できているかといえば、日々アップダウンしています。結局なんとかなっているという経験はしてきているのに、まだまだ心のお稽古を欲している。
そんなとき今回ご紹介した記事を読んで、感じるものがあったのでした。
自分に正直でいる覚悟さえすれば
それはちゃんと聞こえて、キャッチすることができて
それに従って流れに乗ることができます。
結局なんとかなります。
うん、僕なりにもっと自分に正直になりますかね!チャンスはそこら中にあるんだし、あとはそれを掴むだけ!